
送料と、ほぼ同じ値段。中身は同じジャム。捨てられるはずだったものと、捨てられないものの境目はどこにあるのだろう。
パイナップル120g(ウガンダ産)
同じジャムに、ちがう値段。
WHAT IS THIS
ウガンダの小さな村で穫れたパイナップルを、ひと瓶のジャムにしました。中身は、どれも同じ。けれど私たちは、その同じジャムに、まったくちがう値段をつけて並べました。
¥1,200は、東京でホールスタッフが1時間働いて受け取るお金。¥289,000は、ある災害でひとつの団体に集まった寄付の報告額。¥15,000,000は、街の蒸気機関車を一台直すのにかかるお金。——同じジャムなのに、どうしてこんなに値段がちがうのか。
「なぜ、その値段なんだろう?」
私たちは普段、Tシャツの値段とジャムの値段を、同じようには見ていません。値札を、まるで決まりごとのように受け入れている。でも、本当は——その値段を最後に決めるのは、それを選ぶ私たち自身のはずです。
ウガンダの貧しさは、アフリカだけの問題ではありません。あらゆるものを「商品」に変えてしまう先進国の消費のかたちが生んだ、そのシワ寄せです。コーヒーは安く買い叩かれ、子どもたちの暮らしさえ、ときに「かわいそうな物語」として消費されていく。
目の前の貧困にお金を渡すだけでは、この構造は変わらない。だから私たちは、ジャムひとつを通じて、あなたにこう問いかけたいのです。身のまわりの「高い」「安い」の、その先へ。「どうしてこの値段なんだろう?」と、一歩だけ考えてみてほしい。
これは、すでに行った試みの記録です。すべて完売(SOLD OUT)。中身はどれも同じ、ウガンダ産パイナップルジャム120g。

送料と、ほぼ同じ値段。中身は同じジャム。捨てられるはずだったものと、捨てられないものの境目はどこにあるのだろう。
パイナップル120g(ウガンダ産)
いちばん「ふつう」の値段。けれどその“ふつう”は、誰が、何を基準に決めたのだろう。
パイナップル120g(ウガンダ産)
東京で、ホールスタッフが1時間働いて受け取るお金。その1時間と、このひと瓶は、釣り合っているだろうか。
パイナップル120g(ウガンダ産)
ある駐車場に、朝から夜まで車を一台停めたときの料金。空いた土地に車を置くことと、ジャムをひとつ作ること。
パイナップル120g(ウガンダ産)
大人が、ちょっと夢を見るために払える金額。そのお金で、あなたは何を買い、何を思い描くだろう。
パイナップル120g(ウガンダ産)
ある災害で、ひとつの窓口に集まった寄付の報告額。たくさんの善意の総和と、ジャムひと瓶。数字は、何を語るだろう。
パイナップル120g(ウガンダ産)
街に置かれた蒸気機関車を、一台直すのにかかるお金。動かない鉄の塊と、食べられるひと瓶。価値は、誰がどう決める。
パイナップル120g(ウガンダ産)ジャムひとつは、Imagine Zero の取り組みのひとつです。
このまなざしは、これから始まる「凸凹コーヒー」へと受け継がれていきます。